【書評】『空の拳』角田光代著
■精神のロードノヴェル 幼児誘拐を主題にした『八日目の蝉(せみ)』(中央公論文芸賞)、中華料理屋の三代記『ツリーハウス』(伊藤整文学賞)、怪異譚(たん)集『かなたの子』(泉鏡花文学賞)、女性銀行員の逃亡譚『紙の月』(柴田錬三郎賞)と角田光代は抜群のストーリーテラーぶりを見せているが、もちろん角田光代の出自は純文学である。 『紙の月』がいい例だが、どこまで逃げ果(おお)せるかという興味をもたせつつも、焦点は生の不安にあり、具体的な生活の挿話を丹念に積み上げ、狂おしいまでの焦燥感を喚起させて、何とも深く豊かな物語空間を作り上げた。最新作『空(そら)の拳(こぶし)』もエンターテインメントとも純文学ともいえない独自の視点が貫かれていて、不思議な読後感を残す。 物語は大手出版社に就職した青年がいきなりボクシング雑誌の編集部に配属になる場面から始まる。ボクシングなどに全く興味がなく、むしろ馬鹿にしていた青年が次第にのめりこみ、選手たちの試合に夢中になっていく。いわば青年がボクシングを通して成長するさまを描いた小説となるけれど、メインは同じジムの選手たちの試合にある。 ふつうなら、ジムの経営やマッチメイクの不透明さを際立たせ、なおかつ友情や恋愛の脇筋を盛り込んで、大試合を終盤にもってきてカタルシスを与える物語にするのに、作者はそれを選択しない。波瀾(はらん)に富む物語ではなく、拳闘の肉体性と精神性を捉えた細部で読ませる。エンターテインメントの手法を駆使せず、作者の出自である純文学的な方法で拳闘の無垢(むく)の美しさを追求しているのである。 すなわち「不思議なものだ。ボクシングというスポーツは、その人の、自分でも気づかないような特性を際立たせる」「強いやつが勝つんじゃないんです、勝ったやつが強いんです」「強さ弱さとは、試合内容とは、勝ち負けとはまったく関係ないところで評価される」といった思索がめぐらされ、青年の内面を鍛えていく。いわばジムでの経験と試合観戦が魂の成長を促す。さしずめ精神のロードノヴェルだ。きわめて清新で独創的な小説といえるだろう。(日本経済新聞出版社・1680円) 評・池上冬樹(文芸評論家)
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